2018/10/17

セノグラフィーってなに?<目次>

こんにちは。

このブロクでは、Scenography(セノグラフィー)という発想について、舞台芸術はもちろん、歴史や様々なアート・文化との関わりからその魅力について探っていきます。




  • History(歴史)
  • Field Work(スケッチ散歩等)
  • Scenographic Thinking(発想)

という3つの項目で綴っていきます。

興味ある方はお立ち寄りください。

<目次>

History(歴史)

<古代ギリシャ>

Field Work(スケッチ散歩等)


Scenographic Thinking(発想)





セノグラフィーってなに?<歴史9>

『古代ギリシャのシーニックデザイン4』

今回は、前回に続き古代ギリシャ・ヘレニズム期の劇場のイメージをみていきたい。

ヘレニズム期のギリシャ劇場の復元イメージにこのようなのがある。(1)
(1)ヘレニズム期のギリシャ劇場の概念図(Wikipedia)

(2)ヘレニズム期のギリシャ劇場の復元図(Making the Scene)

神話や文化が改変されながらも古代ローマに引き継がれたように、このヘレニズム期のイメージがギリシャ劇場の完成された姿だとはいえないが、復元は残存する遺跡や資料に基づいている。今回もシーニックデザインに関わるポイントを見ていきたい。

ここで見ていきたいのは、劇場の形式や形態ではなく、あくまでセノグラフィーの発想に関わるポイントである事。美術史や建築史から抜け落ちてきたもの。あるいは残された台本やテキストを主体とした今までの演劇史が語ってこなかった、”歴史から抜け落ちている”パフォーミングアートのシーニックな発想である。

まず、(1)の復元図。ロゲインの部分が3層になり、巨大化しているのがわかる。こうなると古代ローマの劇場にもはや近い形だ。(2)の方がまだギリシャの空間性を保持している復元図といえる。それでも、細長い舞台(ロゲイオン)はかなり高くなり、その下の列柱の間には板絵がはめ込まれている。この板絵がピネークスと呼ばる。高い舞台のその背後、スケーネの部分には部屋のような壁龕が並んでいる。これをシロマータという。



<バラスケーネとピネークス>
パラスケーネとは、スケーネの両サイドとスケーネを形作る建築的な構造物である。その柱と梁で切り取られたフレームの中にピネークスという板に描かれた絵がはめられていた。
making the sceneでは、以下のようにある。(引用)
『初期のヘレニズム劇場において、プロスケニオンは数フィート毎の間隔で立っていた柱によって構成されていた。これらの柱は溝が掘られていて、ピネークスが後ろから挿入できるようになっていた。柱に刻まれた溝がその存在の根拠になっている。』(3)
(3)スケーネにはまっているピネークス(Making the Scene)

<シロマータ>
また、ある復元では、スケーネには7つくらいのシロマータと呼ばれる部屋のようなものがあり、その各々にピネークスがはめられていて、またシロマータは、一つの小さなプロセニアム劇場のように幕を伴った奥行きのある部屋であったとしている。(4)
(4)シロマータの復元案(Making the scene)

『ある学者はthyromata(シロマータ)はより効果的な視覚的イリュージョンをもたらすために創られたと考えている。また、thyromata(シロマータ)は演劇の冒頭では、背景幕(backdrop)と他の装飾が飾られており、幕が開いたあと、内側の(室内)のシーンを表すために機能したのではないかという。
pinakes(ピネークス)に描かれていたものは精巧でカラフルであったと、ある学者は言うが、それを裏付ける証拠は少ない。ある学者は以下のように類推している。演劇の幕開きにカーテンを伴い、その背後には個々の小道具、置き道具が準備されている場を隠す小さなプロセニアムアーチであったのではないかと。』(4)

<壺絵からわかること>
古代の劇場での上演の様子を探る上で、参考になるのが壺絵であったりモザイクタイルであったりする。特に南イタリアで発掘・発見されたこれらはその地域で演劇文化が盛んであったことを証明してもいる。(5&6)
(5)ナポリ考古学博物館所蔵
紀元前5世紀頃のギリシャ喜劇を描いたものとされている(Making the scene)
この壺絵は演劇のシーンを描いたものだと推測されている。様々な上演の情報を与えてくれる。ステージは階段8段くらい上がっていて、けこみには幕が張られ、上手袖にはパラスケーネにある登退場のための開口部が描かれている。その開口部は屋根を持ち、凝った軒飾りがあり、筋交いである頬杖も凝った形をしている。衣装もデフォルメされていて下手にいる老人は股間を見せている。

(6)『タウリスのオレステス』 Italotic bell crater  from  Campania,Capual Ⅰstyle,
紀元前4世紀中頃(Making the scene)

こちらの壺絵は、旅公演の仮設舞台を描いたものと推測されている。テント生地で仮設の舞台空間をつくりまるでプロセニアムのようにそれが額縁を構成している。

あるいはピネークスの一部かもしれない。上手、下手の構造物は屋根を持ち、人物の背後の小さな黒い三角の部分は、屋根を支える三角の頬杖のようにもみえる。(6)

また、別の壺絵には南イタリアのファルココミック(喜劇)の上演の様子が描かれている。(7)


(7)Bell Krater(Campanian red-figure ware)紀元前350-325
http://www.ngv.vic.gov.au/explore/collection/work/433/より
布でけこみが装飾された舞台はやはり数段上がっており、中央にはデフォルメした衣装と仮面をかぶった俳優が2人。一人は松明をもち、一人は弓を持っている。下手には段を降りたところにフルート奏者がいて、その背後にはやはり頬杖で支えられた屋根をもった登退場口かピネークスのような構造物が描かれている。

大英博物館所蔵の壺絵にも、似たような喜劇のシーンが描かれている。(8)

(8)Red-figured bell -krater (大英博物館所蔵)
http://www.britishmuseum.org/research/collection_online/collection_object_details/collection_image_gallery.aspx?assetId=6123003&objectId=463873&partId=1
この壺絵の解説にはこうある。『南イタリアのコメディのシーンを見せている。俳優はケイロン(ギリシャ神話の半人半獣の神、ケンタウルスの一族)の癒しの神話をパロディにしている。ケイロンは癒しの神殿を表現したと思われるステージに無理やり登らされている(あるいは登るのを拒まれている)。』

この絵でも俳優はデフォルメされた衣装に仮面、そして下半身からは男根が見えている。

下手にはやはり頬杖に支えられた屋根をもった建物があり、舞台は数段上がっている。

次回は、古代ギリシャ演劇の視覚的な特徴から、そのイメージの広がりをセノグラフィー の観点からみてみたい。